熱解析とは
1.熱解析の概要
熱解析とは、異なる物質の間や物質の内部を伝わる熱について、コンピュータ上でその現象を表す方程式を解くことにより、対象の温度分布や熱伝達率などの詳細なデータを取得し、対象の伝熱メカニズムをより深く理解することを言います。
近年、カーボンニュートラル社会の実現に向けて電動モビリティ(EV)の普及が進められる中で、電動モータやバッテリー、パワーコントロールユニットといった構成部品の更なる高効率化、小型化、低騒音・低振動化、そして高い信頼性が求められています。例えば、電動モータにおいては超高速回転化とコンパクト化を実現するための研究開発が進んでいますが、このような取り組みによってモータの発熱密度はますます増加しており、適切な冷却方法が必要となっています。この課題に対して熱流体解析を利用し、高速回転するロータ周りの油や空気の挙動、温度分布、熱伝達率、部品間の伝熱量などを詳細に解析することにより、効果的な冷却方法の技術開発が可能となります。バッテリーの高出力化と長寿命化の実現にも適切な温度制御と熱管理が不可欠ですが、この課題に対しても熱流体解析ツールを利用することで、バッテリー内部の温度分布、熱伝達率、伝熱経路などを詳細に評価することができ、試作品の製作や実験コストを最小限に抑えることが可能となります。
このように熱流体解析は、EV開発における要素技術の開発や熱マネージメントシステムの技術開発に深く関与しています。
2.熱流体解析の原理
異なる物質の間や物質の内部を伝わる熱には、伝導、対流、放射(輻射)という基本となる三つの形態が存在します。伝導とは、微視的には格子や自由電子、分子の振動が伝播することで、時間の経過とともに熱エネルギーが周囲に伝わる現象を指します。このときの格子や自由電子、分子の振動の激しさは外部から温度として観測されることになります。気体と液体はまとめて流体と呼ばれますが、流体が塊として流れることで生じる熱エネルギーの輸送現象が対流です。対流には、送風機やポンプ、プロペラのように外部からの機械エネルギーによって流体を動かす強制対流、温度差による密度の違いから生じる自然対流などがあります。物質の表面では、その表面温度に応じた電磁波が周囲に放出されると同時に、周囲からの電磁波を反射・吸収・透過していると考えられており、この電磁波によるエネルギーのやり取りは放射(輻射)と呼ばれています。
過去数多に実施された科学実験と観測事実から導かれた物理法則に則り、これらの伝熱現象は巨視的には次の支配方程式で記述されます。
■ 連続の式(質量保存): 流体の質量変化を表す方程式です。
■ 運動方程式(運動量保存): 流体の運動量変化と力のつりあいを表す方程式です。
■ エネルギー方程式(エネルギー保存): 物体と流体の伝導、対流、放射(輻射)によるエネルギー変化を記述する方程式です。
これらの方程式をコンピュータ上で数値的に解き、異なる条件下で得られる結果から物質や流体の挙動を深く理解するプロセスは、熱解析、熱流体解析、または熱流体シミュレーションとして知られています。
3.熱流体解析の利点
ここで熱流体解析を行うことで得られるメリットについて考えてみましょう。
■ 仮想的な試作モデルを用いて数値実験を行い、測定が難しいデータを取得できるコンピュータ上で仮想的な試作モデルを製作し数値実験を行うことによって、実験が困難な過酷な条件下や計測が難しい領域にも対応できます。例えば、高温・高圧・高負荷といった厳しい条件での耐久試験や、超高速回転する機器や微細構造の内部など、計測機器がアクセスしづらい箇所の熱や流れの詳細データを取得することが可能です。
■ 現象の仕組みを理解し、工学的な課題に対する解決策を実施できるさまざまな条件を設定した数値実験から系統的なデータを収集することで、物体と流体の挙動を正確に理解し、現象のメカニズムに対して明確な見通しを得ることが可能です。このことにより、例えば電動モータの冷却性能の大幅な向上、風洞内での車体空力特性の改善、モータやポンプの振動・騒音の低減など、様々な工学的課題に対する解決策を立案し、それら対策案をコンピュータ上で試すことができます。
■ 試作と実験の回数を減らすことにより、開発コストを削減し、開発期間を短縮できる初期設計段階における試作品の製作と実験を、熱流体解析ツールを用いた数値実験に置き換えることにより、試作・実験にかかるコストを大幅に削減することが可能です。また、試作・実験に要する時間も短縮されるため、開発期間を短縮できます。
■ 技術的な知識を蓄積・共有し、それら技術を継承できる解析手法、解析モデル、解析結果に関する情報やノウハウをデータとして集約し、組織内のメンバーや部門間で共有することで、技術的な知識の蓄積と共有を実現します。新たなメンバーがチームに参加しても、これまで蓄積されたデータから技術的な知識やノウハウを取得し、必要な解析スキルを習得することで、技術の継承が行われます。
熱流体解析に関わる多くの技術者、研究者、学識者によって、新たな解析モデルや解析手法の研究・開発が進められています。また、同時に計算機環境の高性能化も継続的に進んでおり、より一層高度な熱流体解析の技術開発が期待されています。
4.数値計算手法の種類
伝熱現象を表現する支配方程式を解くために、多様な数値計算手法が広く提案されています。以下に代表的な計算手法を紹介します。
格子法 オイラー的な視点 |
場に固定された計算格子を用いて物体や流体を離散的に表現する方法であり、代表的な計算手法として有限差分法、有限体積法、有限要素法などがあります。物体や流体領域を計算メッシュで分割し、それぞれの要素または節点で物理量を近似的に計算します。物体や流体に合わせてメッシュを柔軟に移動変形させることで物体の挙動を正確に表現します。 |
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粒子法 ラグランジュ的な視点 |
物体や流体を離散的な粒子として近似し、それらを追跡する方法であり、代表的な計算手法にMPS(Moving Particle Semi-Implicit)法、SPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)法、渦法、DEM(Discrete Element Method)などがあります。 |
格子ボルツマン法 (直交格子法) |
格子気体モデルと呼ばれる、多数の仮想粒子の集合体として流体をモデル化し、粒子の分布関数の時間発展方程式を計算することでマクロな流れ場を求める計算手法です。格子ボルツマン法では先の運動方程式ではなく、離散BGK(Bhatnagar-Gross-Krook)方程式が一般的に用いられます。 |
有限体積法をベースとする熱流体解析ツールSimerics MP+は、物体の運動に応じて計算メッシュを柔軟に移動変形させることで、微小な隙間を持つ物体と流体の詳細な挙動を解析することが可能です。このツールには、固体・液体・気体、乱流モデル、定常/非定常、伝導・対流・放射(輻射)、気液二相流、キャビテーション、剛体運動など、さまざまな物理現象をモデル化するモジュールが組み込まれており、それぞれの物理モデルに適した数値計算手法が選択されます。
5.熱流体解析の用途と適用事例
熱流体解析は、多岐に渡る工学的な課題の解決に利用されていますが、以下では特にEV開発に関連した適用事例を紹介します。
電動モータの油冷却解析
複雑な巻線構造を有するコイル、ステータ、ロータ、磁石、ポンプ、インバータなどで構成されるアセンブリモデルに対して計算メッシュを自動生成し、ロータの高速回転に合わせて計算メッシュを自動的に移動変形させることが可能です。油・空気の熱伝導と対流を解く伝熱解析、構成部品内部の熱伝導を解く固体熱伝導解析、コイルに噴射する油の流れや回転するロータ周りの油と空気の流れを解く気液二相流解析を連成させて解くことにより、電気モータ全体に対する高精度の熱流体シミュレーションを実行できます。冷却用油の吐出孔形状や流量、ロータ回転速度、コイルやロータの発熱量など広範な条件を課した解析を実行し、得られた結果をもとにコイルやロータ周りの速度分布、油濡れ面積や熱伝達率分布といった物理量の可視化、各部品温度の予測、部品ごとの伝熱量の把握が可能です。
ギアボックス(プラネタリ―ギア)の伝熱気液二相流解析
ギアの歯形の移動に合わせて計算メッシュを柔軟に移動変形させることにより、微小な隙間で複数のギアが噛み合う複雑な遊星歯車機構の伝熱気液二相流解析が可能です。ギアを覆うシュラウドの有無といった形状案別ごとに解析を実行し、各ギアの潤滑状態や油膜の形成、油濡れ面積、撹拌抵抗、摩擦損失など、解析結果から得られる指標をもとに形状変更の影響を多角的に評価できます。
電動ポンプの性能予測解析
ヘリカルギアやトロコイドポンプの歯形に沿って計算メッシュを移動変形させることで電動ポンプの熱流体解析を実行し、ポンプの基本性能である、流量、圧力、トルク、動力といった量を予測できます。また、閉じ込み区間に設けられるノッチの形状変更や導油孔の位置変更による圧力脈動の低減効果を評価可能です。
高精度な熱流体解析の結果から得られる物質や流体の挙動と伝熱メカニズムに対する深い洞察を通じて、様々な工学的課題に対する解決策の実施と設計変数の最適化を行い、また、試作品の製作と実験を行う前にコンピュータ上で初期設計と改良が可能となります。
このように熱流体解析ツールSimerics MP+は、現代のEV開発において必要不可欠なツールとして位置づけられており、EV開発におけるプロセスの効率化とコスト削減に寄与しています。
参考文献
熱流体解析ツールSimerics MP+, https://www.wavefront.co.jp/CAE/simerics-mp-plus/
Simerics Inc., https://www.simerics.com
(著)株式会社ウェーブフロント