リチウムイオン電池の解析技術

1. リチウムイオン電池の解析技術とは

1-1. リチウムイオン電池の解析

様々な分野で使用されているリチウムイオン電池は、高容量化、高耐久性だけでなく、高い安全性も要求されます。そのため、素材の開発から始まり、電気的特性の評価や長期使用時の劣化評価など、様々な観点から分析を行う必要があります。

1-2. リチウムイオン電池の解析手法

現在、次のような種々の高度な分析手法が適用されており、電池の構成要素や材料の性質を理解し、電池の性能向上や安全性確保に貢献しています。
以下に、各分析法を簡単に紹介します。

部材 分析手法
正極、負極 Raman、XRD、ESR、TOF-SIMS 、TEM、SEM、XPS、ICP
電解質、電解液 FT-IR、NMR、GC-MS
セパレータ FT-IR、TEM、SEM、DSC
バインダー FT-IR、Raman、TEM、SEM

2. リチウムイオン電池の解析技術の種類と特徴

2-1. 赤外分光法(FT-IR)

物質に赤外光を照射すると、分子の振動により物質固有の吸収(反射)スペクトルを得られ、化学組成や未知試料の定性、分子の結合状態などを解析できます。電池の開発や品質管理において特に、有機材料やポリマー、あるいは電極/電解液界面やバインダーなどの組成および変性解析に有効です。

2-2. ラマン分光法(Raman)

物質にレーザー光を照射すると、発生した微弱なラマン散乱光から分子の振動により物質固有のスペクトルが得られ、有機材料だけではなく、無機材料の化学構造および分子構造の情報を取得できます。電池内の有機材料の変化や、炭素材料の結晶性や結晶構造の変化を解明するのに役立ちます。

2-3. X線回折法(XRD)

試料に照射したX線の回折情報を用いて、構成成分の同定や定量、結晶サイズや結晶化度、残留応力などを知ることができます。電池の陽極や陰極に使用される材料特有の結晶構造の解析や、材料の変質や劣化を追跡します。

2-4. 核磁気共鳴法(NMR)

磁場中の試料に電磁波を照射することで、各原子のつながりである平面構造や立体構造を決定できる分析法です。電池内の有機化合物や、リチウムイオンの挙動など、分子レベルでの情報を提供します。

2-5. 電子スピン共鳴法(ESR)

物質中の不対電子によって生じる微弱な磁場を測定し、自由ラジカルの生成やイオンの動態を調査します。電池の酸化還元サイクル中の活性酸素種の生成・消失の特性評価に使用されます。

2-6. 飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)

高エネルギーのイオンビームを物質表面に照射し、放出された二次イオンを質量分析することで、化学組成や構造を解析することができます。電極や界面の化学的特性を解析するために活用され、材料の評価や劣化解析に役立ちます。

2-7. ガスクロマトグラフィー質量分析法(GC-MS)

物質の分離と同定に使用される手法で、はじめにガスクロマトグラフィーで化合物を分離し、次に質量分析で各化合物の質量を測定します。電解液や劣化生成物の化学組成を分析し、バッテリーの性能や安全性に影響を与える因子を解析します。

2-8. 透過電子顕微鏡観察(TEM)

電子線を用いて、ナノメートル単位での物質の形態や構造を観察することができます。電池内の微小領域の詳細な構造を解明するために利用され、電極や電解質の微細な変化の観察に使用されます。

2-9. 走査電子顕微鏡観察(SEM)

物質に電子線を照射して発生した信号電子量を元に、表面形状や微細構造を観察することができます。電極やセパレータの表面の変化や劣化を観察することで、電池の寿命や性能の低下に関する情報が得られます。

2-10. 示差走査熱量測定法(DSC)

電池の熱的な特性を評価するために利用されます。電池内での相変化や反応の発生温度、エネルギーの変化などを測定し、電池の熱安定性を評価します。

2-11. X線光電子分光法(XPS)

軟X線を物質に照射し、物質のイオン化に伴い放出される光電子を捕捉しエネルギー分析を行う手法で、物質表面から約 10 nmに存在する元素の定性、定量および化学状態の分析を行うことができます。活物質上に形成される皮膜の組成や膜厚を解析し、電池の劣化評価を行うことができます。

2-12. 誘導結合プラズマ発光分析法(ICP)

高温プラズマを生成して試料中の元素を励起し、その放射光を分光計で測定する手法です。電極や電解質の元素組成を定量し、バッテリーの材料特性や劣化メカニズムの評価に使用されます。

上記以外にも、実際にはさまざまな分析法が使用されています。これらの分析手法を組み合わせて使用し、多角的なアプローチを行うことで、リチウムイオン電池の構造、組成、特性、安定性などに関する包括的な洞察が得られます。そして、これが電池の設計改善や新しい材料の開発につながっています。

3. リチウムイオン電池の解析における課題と解決策

3-1. 不活性雰囲気における分析の要求

リチウムイオン電池は、主に、正極、負極、電解質、電解液、セパレータ、バインダーで構成されています。これらは、金属酸化物、炭素材料、ポリマー、有機溶媒など、多様な材料から成ります。そのため、電池の性能には、非常に多くの要因が関連していると考えられます。これらの材料の中には、大気中の酸素や水分等と高い反応性を示す物質も数多く含まれます。このような物質を分析するにあたり、大気成分による試料の変質を避けるためには、その取り扱いをグローブボックス内のような不活性雰囲気下で行う必要があります。先に示したように、電池材料の解析法には様々な分析技術がありますが、その中でも赤外分光法は、この課題を比較的簡単に解決できる分析技術の一つです。

3-2. グローブボックス内における赤外分光測定 

FT-IR(フーリエ変換型赤外分光計)は50年以上前から市販されており、現在では幅広い分野においてさまざまな用途で使用されています。しかしながら、一般的なFT-IR分光計はサイズが大きく、また、持ち運びも容易ではないため、グローブボックス内での利用は難しいという課題がありました。一方、試料調製の面でも課題があります。

但し赤外分光法には、ATR法という非常に簡便な測定手法があります。ATR法では、各種試料を前処理なしで測定できるため、液体試料や粉末試料の分析にも適した手法のひとつです。実際には、試料を分光計のATRプリズムの測定面に密着させるだけでスペクトルが得られます。ところが、最も簡便な測定手法であるATR法を用いても、測定装置がグローブボックスの外にある限り、試料をグローブボックスの外に出すことになり、試料が大気暴露されてしまいます。液体試料の測定に限っては、赤外光を透過する液体セルに試料を充填し、透過法で測定する方法もあります。但しこの場合も、グローブボックス内で調製した試料を密閉した液体セルを取り出して測定するという煩雑な作業が必要とされます。

このような課題の根本的な解決策は、やはり分光計をグローブボックス内に設置することです。近年、技術の発展と共に、FT-IR分光計は小型化が進み、ついにはグローブボックス内に設定可能なサイズの装置も登場しました。

ブルカー製コンパクトFT-IR分光計:ALPHA II  紹介

A4サイズのALPHA IIは、堅牢かつコンパクトなボディを備えており、あらゆる標準のグローブボックス内に設置することが可能です。また真空環境にも耐えるため、グローブボックスの前室(パスボックス)を通して、出し入れすることも容易にできます。また、装置本体と制御用パソコン間は無線接続による通信も可能なため、グローブボックスの外に設置したパソコンからグローブボックス内の分光計を制御することで、測定からデータ処理、スペクトルの解析、レポートの印刷までのすべてを行うことができます。

図1. グローブボックス内に設置されたALPHA II(Platinum ATR仕様)
図1. グローブボックス内に設置されたALPHA II(Platinum ATR仕様)

グローブボックス内での電解質材料の測定例

LiAlCl4の赤外スペクトルの測定例を紹介します(図2)。
LiおよびAlをベースとする電解質は、一世代前の電池に使われている電解質と比べ化学的な活性度は低く、より高い導電性を有します。その一方で、これらの化合物は水分および酸素に敏感で、大気暴露すると簡単に変性してしまうため、分析やハンドリングは常に不活性雰囲気中で行うことが必須です。そこで、FT-IR分光計本体をグローブボックス内に設置することで、迅速に安定した分析が可能となります。これにより、分析の操作性と効率が向上するだけでなく、試料を大気暴露させるリスクから解放され、その結果、信頼性と精度の高いデータの取得が実現します。

図2. 窒素置換グローブボックス中で測定した電解質材料 LiAlCl4のATRスペクトル参考カタログ:グローブボックス内における FT-IR 測定
図2. 窒素置換グローブボックス中で測定した電解質材料 LiAlCl4のATRスペクトル参考カタログ:グローブボックス内における FT-IR 測定

(著)ブルカージャパン株式会社