◇「サウンドスケープ改善に向けた音質メトリック開発について」

更新日:2022.12.27

1.サウンドスケープ (ISO 12913) とは

サウンドスケープというと街づくりの一環で快適な音の風景を実現する取り組みという印象がありますが、実は ISO 12913で定義されている サウンドスケープは EV をはじめ音を発するすべての工業製品に当てはまるコンセプトです。ISO 12913-1はサウンドスケープとは「コンテクストにおいて人が知覚、体験、理解する音響環境」と定義しています。そして「音響環境に対する測定・評価は人の知覚を通して行われるものである。」としています。これは音を評価するのは人間の耳であり、「Let your ears decide!」 という弊社の考え方と一致しています。以下にサウンドスケープ改善の為の音質メトリック開発の考え方について説明します。

2.サウンドスケープ手法

下図は ISO 12913-1に記載の図式に日本語でキーワードを添えたものです。音源は人の耳に到達するときには既に周囲の環境によって変化しています。これが音響環境です。そして人がコンテクストと関連づけて音響環境を知覚します。

音響環境と聴感印象はそれぞれ、前者は音響 / 心理音響インジケーターで分析でき、後者は聴感テストデータを収集することにより分析することができます。そしてこの両者のあいだの相関分析により音質メトリックを開発することができます

3.音響環境の分析

先ず、前者の音響環境を数値化するには、人の音にたいする認知プロセスを考慮することが重要であり(ISO12913-2 Annex B)時間構造とスペクトル構造の関数である心理音響インジケーターを用います。これにより音圧レベルだけを考慮するよりもはるかに詳細な情報が得られます。(ISO12913-2 4.2)

音響環境を説明するインジケーターには以下の表にあるような複数の ISOやDINやECMA で標準規格化された心理音響インジケーターが含まれます。この表は ISO12913-3 Table D.1 から引用したものに日本語のコメントを添えたものです。

4.心理音響インジケーターの一例としての心理音響トナリティ

一例として心理音響トナリティは弊社が開発したツールでして、ECMA 418-2 で標準規格化されています。こちらは従来のTone-to-Noise Ratio や Tonality DIN45681 では捉えられなかった複数の純音が同時に存在するシナリオに対応できる斬新な心理音響ツールです。

人の耳は、蝸牛内の複数の有毛細胞がそれぞれ異なる周波数を検知するよう役割分担していますが、この聴覚の仕組みをモデル化したのが Bark Scale で、全周波数帯が非線形の24の臨界帯域に分割されています。

そして、それぞれの臨界帯域に純音が存在しているかどうかを大脳に報告します。もし1つの臨界帯域内に2つの純音が存在する場合は音圧レベルの高い方だけが、もし2つともレベルが同じならば周波数の低い方だけが大脳に報告されます。つまり、人の聴覚はマスキング効果が働いているのです。こうした人の聴覚特性を考慮したのが心理音響トナリティです。

5.音響環境の測定はバイノーラル録音が必須

音響環境を解析する為にはバイノーラル録音データを収集する必要があります。(ISO 12913-3 7)また、音響環境の測定条件が人の聴感にできるだけ等しくなるように、校正されたバイノーラル測定システムを用いる必要があります。( ISO 12913-2 5.6)つまり、受聴信号は音響環境に人が存在していることにより原音から変化していてすべての変化をバイノーラルで捉える必要があるからです。(ISO 12913-3 D.2)バイノーラル録音データにはすべての空間情報がまるごと保持される為音響環境を聴感に忠実に再現することができます。(ISO 12913-2 D.1)ISO12913-2 D.6はITU-T P.58:2013により電気音響特性スペックが規定されたヘッド&トルソーシミュレーターを指定しています。解析に際しては、すべてのバイノーラル録音データはモノラルマイク測定データに近似するようにイコライズされます。(ISO 12913-2 D.4)バイノーラルデータを解析することによりリスナーへの音響的インパクトを数値化でき、音響環境の数値的特性と実際の人の聴感印象とのあいだの関係を明らかにすることができるようになります。(ISO 12913-3 D.1)  

6.聴感テストデータの収集

次に聴感テストデータの収集です。ISO 12913では被験者にアンケートをとる方法を定義していますが、弊社はバイノーラル収録データを用いて、被験者を集めた聴感テストを行う手法を提唱しています。聴感テストは弊社ArtemiS SUITEのSQala モジュールを用いて行います。カテゴリー尺度法、一対比較法、格付け法、SD法等を用いて聴感テストをデザインし、被験者による聴感テストを実行し、その結果が数値化され平均化されます。

7.音響/心理音響解析結果と聴感データのリンク ~ 音質メトリック開発

最後に、音響/心理音響解析結果と聴感データとのあいだのリンクづけを相関分析、線形回帰、分散分析等の統計分析手法により行います。( ISO 12913-3 A.4)相関係数を求めることによりこれが両者間の統計的関係を説明するメトリックとなります。(ISO 12913-3 A.4)

弊社のArtemiS SUITE のMetric Project モジュールを用いることにより、複数の心理音響パラメターを組み合わせて、両者のあいだの相関分析を行い、マッピング=紐付けを行うことができます。これにより被験者を集めて行う聴感テストを繰り返さなくても、音響環境測定データだけがあれば、次からは被験者なしで聴感評価結果をツールにより自動で予測し導出するアルゴリズム、つまり音質メトリックを開発することができます。聴感テストデータはランダムに2分割し、片方をメトリック開発に、もう片方を検証用に充てます。これにより、既に実施済の主観テスト結果に対応できるだけでなく、別の新たな音サンプルに対しても正しい予測ができるようになります。あまり多くのパラメターを詰め込み過ぎると効果的なメトリックができないなど注意とスキルが必要です。下図のように聴感テスト結果に対応した分析結果を出力する音質メトリックを完成させ、これを活用することによりサウンドスケープの改善に役立てることが出来ます。