数学の原理で高周波の新型音響導波路を開発 ~超低エネルギー損失な次世代高周波フィルタやセンサへの応用目指す~
発表のポイント
- 数学のトポロジーの原理を応用した超低エネルギー損失の新型音響導波路を実現するため、物質表面にナノスケール(ナノは10億分の1)の周期構造を作製することに成功しました。
- 高周波数のギガヘルツ帯域において導波路として機能することを確認しました。
- 既存の表面弾性波デバイスの大幅な高機能化や量子技術への応用が期待されます。
概要
音波は、空気や物質の振動が波として伝わる現象です。中でも物質の表面を伝わっていく音波は「表面弾性波」と呼ばれ、これを用いた電子素子に表面弾性波デバイス(注1)があります。表面弾性波デバイスは特定周波数の電気信号のみをよく通すため携帯電話の周波数フィルタとして用いられたり、また音波の伝わり方が表面状態に敏感である性質を使ってセンサなどに利用されたりしています。しかし表面弾性波デバイスのエネルギー損失によって、大きな電力消費を伴うことがしばしば問題となっていました。
東北大学金属材料研究所の新居陽一准教授と小野瀬佳文教授は、数学分野のトポロジー(注2)の概念をもとにして物質の表面に特殊な音波の導波路を実現しました。この導波路は、表面弾性波デバイス上に組み込むことができ、またトポロジーの活用により原理的には極限まで散逸(熱などへの変化によるエネルギー損失)が抑制される性質を持ちます。したがって本成果で得られた導波路を利用すれば、超低消費電力の表面弾性波デバイスの実現につながると期待できます。これは例えば、携帯電話のバッテリー持続時間を大幅に延ばせるなど、電子機器の高機能化に貢献できると考えられます。また表面弾性波は量子コンピューティング(注3)の要素技術としても着目されていますが、今回の導波路の持つ性質も大いに役立つことが期待できます。本研究はsuggestion米国物理学会の応用物理学専門誌に選定され、P 2 023年1月3 hysical Review Applied日(米国東部時間)に同誌に誌のE ditor ’ s 掲載されます。
詳細な説明
空気や物質の振動が波として伝搬するものを音波と呼び、とくに物質の表面に沿って伝搬する音波は表面弾性波と呼ばれます。表面弾性波は、圧電体(注4)に微細な電極を作成することで、電気的に発生させたり検出したりすることができます。これを利用したものが表面弾性波デバイスと呼ばれ、タッチパネルのセンサや周波数フィルタなどに利用されています。とくに携帯電話では高周波信号のフィルタリングのために一台あたり複数個の表面弾性波デバイスが実装されています。このように表面弾性波デバイスは通信機器やセンサの部品として重要ですが、一方で動作に伴う電力消費が大きいことがしばしば問題となってきました。
このような背景においてトポロジカル音響導波路(注5)と呼ばれるものが着目されています。これは数学分野のトポロジーという概念をもとにした特殊な音波の伝送路で、原理的にはエネルギーの散逸が極めて小さくなるため、消費電力が大幅に低減される可能性を秘めています。これまでにも、トポロジカル音響導波路の研究は世界的に行われてきましたが、そのほとんどはkHzという低周波数帯で空気中の音を対象としていました。他方で、現行の表面弾性波デバイスと親和性のある高周波数帯のトポロジカル導波路は、実験的な難しさもあり実現していませんでした。
本研究グループは、高周波数帯で動作するトポロジカル音響導波路を実現するため、図1のように微細な金属の周期構造を圧電体表面に作成しました。トポロジーの異なる二種類の配列パターンを中央で接合し [図2(a)と2(b)]、その境界が音波の導波路となるように設計しました。これがトポロジカル導波路として動作することを確かめるため、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡(注6)と呼ばれる特殊な顕微鏡によって表面弾性波の伝搬する様子を可視化しました。その結果、約2.4GHzという高周波数の表面弾性波において、二つの構造の境界に沿って伝搬していく様子が観測されました [図2(c)]。また、周波数を変えた実験や理論計算を解析した結果、今回作成した金属パターンがトポロジカル音響導波路として働いていることが分かりました。
本成果は表面弾性波デバイス上に金属パターンを描画するという比較的簡単な手法でトポロジカル音響導波路を実現したものです。動作周波数は約2.4GHzとこれまで報告されているトポロジカル音響導波路の中で最も高く、また表面弾性波デバイスとも親和性があります。したがって本成果で得られた導波路を組み込むことで超低消費電力の表面弾性波デバイスの実現につながることが期待されます。これは例えば、携帯電話のバッテリー持続時間を大幅に延ばせるなど、様々な電子機器の高機能化に貢献できると考えられます。また導波路は音波を空間的に閉じ込めて運ぶことができるため、これを利用して表面弾性波と他の量子ビット(注7)を高効率に結合させるなど、量子コンピューティングの要素技術としても応用できる可能性があります。

図1 . 本研究で実現したトポロジカル音響導波路周期構造を作成し、左から伝搬してきた表面弾性波イクロ波インピーダンス顕微鏡で可視化する。と実験(赤と白の縞々)概念図。右側に金属のを走査型マ微緑で示しているのは、走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡のカンチレバーで、これが表面上を移動することで表面弾性波の波面を可視化することができる。上側(青色)と下側(茶色)は異なるトポロジーを持っておりの金属パターン、これによって境界に沿って伝搬する特殊な表面弾性波が存在する。

図2 . ( a)鏡像。( b)トポロジーの異なる二種類の微細、(c)金属パターンA、B走査型マイクロ波顕微鏡で観測した凹凸像との走査型電子顕微2.38GHz波に由来するコントラスト。
発表論文
雑誌名:Physical Review Applied
英文タイトル:Imaging an Acoustic Topological Edge Mode on a Patterned
Substrate with Microwave Impedance Microscopy
全著者:Yoichi Nii, Yoshinori Onose
DOI: 10.1103/PhysRevApplied.19.014001
専門用語解説
注1 表面弾性波デバイス
圧電体の表面における電気信号と力学信号の変換を利用した素子。圧電体表面に櫛型電極と呼ばれる周期的な電極を作成し、ここに交流電圧を加えると圧電効果を通じて音波が発生する。このとき電極の間隔を調整しておくことで、特定の周波数の電気信号だけが効率的に力学信号(音波)に変換される。これを利用することで不要な周波数の電気信号を除去するフィルタとして作用する。
注2 トポロジー
位相幾何学と呼ばれる、形を取り扱う数学の一分野。曲げたり伸ばしたりする連続的な変形で不変に保たれる量に着目して、形を分類する。最近の物性物理学分野では電子、光、音波の波動関数が持つ形をトポロジー的観点から理解することが盛んに行われている。
注3 量子コンピューティング
量子力学の原理を利用したコンピュータ。従来の古典的なコンピュータでは解くのには膨大な時間がかかる計算を大幅に短縮でき得ると考えられている。
注4 圧電体
応力を加えることで応力に比例した電気分極が生じる物質。またその逆効果として電場を加えると物質が変形する。表面弾性波デバイスではこれを利用することで電気信号と力学信号の変換が行われている。
注5 トポロジカル音響導波路
導波路は光、電磁波、音などを空間的に閉じ込めて伝える伝送路。トポロジカル音響導波路の場合は、トポロジーの異なる二つの物質の境界に音波を閉じ込め、伝送する回路を意味する。トポロジーの性質により散逸が抑制され長距離伝搬できるという特徴を持つ。
注6 走査型マイクロ波インピーダンス顕微鏡
走査型プローブ顕微鏡の一種。カンチレバーと呼ばれる先端の尖った金属針で試料表面をなぞることで、100ナノメートル程度の空間分解能で試料表面の凹凸や電気的性質を調べることができる。表面弾性波を照射しておくと圧電効果を介して電気信号の周期変動が生じる。これをカンチレバーによって座標ごとに取得することで、表面弾性波に対応するコントラストを得ることができる。
注7 量子ビット
量子情報の最小単位。0か1で表す古典ビットに対して量子ビットでは0と1の重ね合わせ状態もとることができる。具体的には、超伝導、光、イオントラップなどを用いて実装される。
共同研究機関および助成
本成果は、東北大学金属材料研究所の新居陽一准教授、小野瀬佳文教授の共同研究によって得られたものです。本研究はJSTさきがけ(課題番号:JPMJPR19L6)およびJSPS科研費(課題番号:JP20K03828、JP21H01036、 JP22H04461)からの支援を受けて実施されました。
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
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