微弱な近赤外光を可視光に変換して検出する技術を開発
~省エネを実現、光センサー感度や太陽光利用効率の飛躍的向上に期待~

ポイント

  • 「微弱な近赤外光を可視光に変換する」ため、高密度・高輝度なアップコンバージョン注1)ナノ粒子を開発。
  • 近赤外光を可視光に変換するアップコンバージョンナノ粒子と可視光を光電変換するペロブスカイト材料(ハロゲン化鉛ペロブスカイト注2))を組み合わせることで、近赤外光を75パーセントの効率で電気信号に変換することに成功。
  • インジウムガリウムヒ素(InGaAs)などのレアメタルを用いた高コストかつ製造プロセスが複雑な従来の近赤外光センサーに対し、省資源・省エネな新しい近赤外光検出技術としての展開が期待。
  • JST 戦略的創造研究推進事業(以下、さきがけ)において、帝京科学大学 生命環境学部 自然環境学科の石井 あゆみ 准教授らは、微弱な近赤外光を可視光に変換する材料を利用した新しい近赤外光センサーを開発しました。

    近赤外光は、赤外線カメラ(暗視カメラ)、赤外線通信(ワイヤレス通信)、光ファイバー通信、リモコンや生体認証など、幅広い分野で日常的に利用されています。光通信技術、医療診断や環境計測などの発展において、近赤外領域における微弱な光の検出や高感度化は必要不可欠です。近赤外領域の光を検出するため用いられている材料として、900~1700ナノメートルに最適な吸収帯を持つ化合物半導体(InGaAsなど)が挙げられますが、レアメタルを用いた複雑な製造工程から価格が高く、ノイズによる制約が大きいなど、シリコン(Si)などを用いた可視光検出の精度にまで至っていないのが現状でした。

    本研究グループは、微弱な近赤外光を高い効率で可視光に変換できるコアシェル型希土類系アップコンバージョンナノ粒子を開発しました。さらに、このナノ粒子を可視光に応答する無機半導体材料(ハロゲン化鉛ペロブスカイト)と組み合わせた近赤外受光素子(フォトダイオード)を開発し、高感度に検出することが難しいとされてきた微弱な近赤外光を75パーセントの効率で電気信号に変換することに成功しました。すなわち、高感度に検出することが難しいとされてきた近赤外光を、既存の技術や材料で高い精度の検出が可能な可視光に変換するという安価で簡便な新しい手法により、微弱な近赤外光の検出効率を飛躍的に向上することを実現しました。

    本成果は、低いエネルギーの近赤外光を高いエネルギーの可視光に変換するナノ材料を利用した省資源・省エネな新しい近赤外光の検出手法を提案したものです。太陽光の中でも検出やエネルギーとしての利用が難しい近赤外領域の微弱な光を可視光に“変換して利用する”ことを可能とした本技術により、光センサーの近赤外光受光感度や太陽電池などの人工光合成における太陽光利用効率の飛躍的な向上が期待されます。

    本研究は、桐蔭横浜大学 医用工学部 臨床工学科の宮坂 力 特任教授と共同で行いました。

    本研究成果は、2022年12月9日(米国東部時間)に国際科学誌「Advanced Photonics Research」のオンライン版で公開されました。


    本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

    戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
    研究領域:「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」(研究総括:植田 憲一 電気通信大学 名誉教授)
    研究課題名:「有機‐無機ハイブリッド界面を利用した一光子センシング技術の創出」
    研 究 者:石井 あゆみ(帝京科学大学 生命環境学部 自然環境学科 准教授)
    研究実施場所:帝京科学大学、桐蔭横浜大学
    研究期間:平成29年10月~令和3年9月

    さきがけ「光の極限制御・積極利用と新分野開拓」領域では、本質的な限界を持たないと言われる光を使って限界に挑戦し、それを超えようとする研究を推進します。具体的には、①環境・エネルギー・ものづくり・情報通信・医療などにおいて将来のさまざまな社会的要請に応える新たな光利用を創成しようとする研究、②光の存在・介在によって出現する現象を利用して、従来の物理学・化学・生物学・工学などの分野に大きな革新をもたらし、これらの壁を打破しようとする研究、③高エネルギー密度科学や高強度光物理、極限物性研究などを通じて、より普遍的な原理および現象を光科学技術の視点から確立しようとする研究、④上記の①~③を実現するための光源、受光、計測、イメージング機能を極限まで追究し、新しい応用に提供する研究などを対象とします。

    上記研究課題では、光の受光・計測・イメージングなどといったセンシングの機能限界を追求すべく、光を一光子レベルでセンシングする超高感度な光検出の実現を目指します。有機と無機材料を界面で融合する物質化学的なアプローチにより、光が持つさまざまな情報(波長、異方性(偏光性)など)を1光子レベルで最大限に読み取るための多機能・高感度光検出素子の開発を目指し、研究を進めています。

    研究の背景と経緯

    近赤外光は、780~2500 ナノメートルの領域の光で、人の目には「見えない光」です。この見えない光の性質は、赤外線カメラ(暗視カメラ)、赤外線通信(ワイヤレス通信)、光ファイバー通信、リモコンや生体認証など、幅広い分野で日常的に利用されています。光通信技術、医療診断や環境計測などの高度化が求められる現代において、近赤外領域における微弱な光の検出や高感度化を可能とする材料開発は必要不可欠です。

    近赤外領域の光を検出する場合、900~1700ナノメートルに最適な吸収帯を持つ化合物半導体(InGaAsなど)が多く用いられています。一方で、既存の化合物半導体を用いたフォトダイオードは、レアメタルを用いた複雑な製造工程から価格が高く、ノイズによる制約が大きいなど、Siなどを用いた可視光検出の精度にまで至っていないのが現状です。そのため、近赤外光検出を低コスト、省エネルギーかつ高感度に実現する技術の開発が望まれています。

    高感度に検出することが難しい近赤外光を、既存の技術や材料で高い精度の検出が可能な可視光に変換することができれば、近赤外光に対する検出感度の飛躍的な向上が見込まれます。「近赤外光を可視光に変換する」ことを可能とするのが、アップコンバージョン材料によるエネルギー変換です。例えば、二光子吸収注3)や三重項―三重項消滅注4)によりアップコンバージョンを示す有機系材料や、固有のエネルギー準位間での多段階励起を利用した希土類系アップコンバージョンナノ粒子の開発は、古くから盛んに行われています。

    ただし、一般的に発光効率や輝度が低いこと、レーザーなどの強い励起光源が必要であること、分子や粒子で生じる現象であるため電子デバイスへの組み込みが難しいことなどの理由により、実用化には課題が多くあります。近赤外光センサーとしてアップコンバージョン材料を利用するためには、近赤外光を可視光に変換する効率の向上と半導体素子へ組み込むための構造設計が必要不可欠です。

    研究の内容

    本研究では、「微弱な近赤外光を可視光に変換する」ため、高密度・高輝度な希土類系アップコンバージョンナノ粒子を開発しました。従来の希土類イオンを含むアップコンバージョンナノ粒子は、発光効率が著しく低く(1パーセント程度)、近赤外光の吸収が非常に弱いため強いレーザー光照射が必要であるなど、微弱な近赤外光を可視光に効率良く変換することは困難とされてきました。

    この問題を解決するため、粒子内の発光種(エルビウム、Er注5))の濃度を最大にすることで、近赤外光吸収強度を100倍に引き上げました。さらに、アップコンバージョン発光過程におけるエネルギー失活(振動緩和)を抑制するため、通常ナノ粒子の分散性を高めるために表面に被覆されている鎖状有機分子を低振動な無機層に置換しました(図1)。

    その結果、0.01パーセント以下であったアップコンバージョン発光効率を5パーセント以上に引き上げることに成功しました。シェルに用いた無機層は、近年次世代太陽電池の材料として大きな注目を集めているペロブスカイト材料の1つであるCsPbBr3です。重原子を含むペロブスカイト材料は、発光を失活させる熱振動を極限まで抑えることができ、アップコンバージョン発光の輝度を著しく増大させることができました。

    さらに、アップコンバージョンナノ粒子の表面をペロブスカイト層で被覆することで、可視光受光層として機能するペロブスカイト(CsPbI3)薄膜にも容易に取り込まれ、結晶性の高い均一な薄膜を形成することができます(図2)。従来、ナノ粒子や有機分子を無機半導体層へ導入すると、有機と無機の性質の違いによるエネルギー障壁や接触抵抗、欠陥サイトの形成などにより、膜質や電気伝導性などの無機半導体自身の特性が損なわれます。本研究では、ナノ粒子表面と受光層に同種の材料(ペロブスカイト)を用いることで、上記の問題を解決することに成功しました。

    さらに、アップコンバージョンナノ粒子を組み込んだこの薄膜を用い、光検出素子を作製すると、ペロブスカイトのみでは検出できない800 ナノメートル以上の微弱な近赤外光(太陽光の1/10以下の強度)に対し電流応答が観測されました。本光検出素子を駆動させるのに必要な電圧は、わずか0.5ボルトです。その外部量子効率注6)(光電変換効率)は75パーセントに達しており、高感度に検出することが難しいとされてきた微弱な近赤外光を低い電圧印加で電気信号に高い効率で変換することに成功しました。

    応答速度に依然として課題はあるものの、近赤外光を既存の技術や材料で高い精度の検出が可能な可視光に変換するという新しい手法により、微弱な近赤外光の検出効率の飛躍的な向上を実現しました。

    今後の展開

    本成果は、低いエネルギーの近赤外光を高いエネルギーの可視光に変換するナノ材料を利用した省資源・省エネな新しい近赤外光の検出手法を提案したものです。太陽光の中でも検出やエネルギーとしての利用が難しい近赤外領域の微弱な光を可視光に「変換して利用する」ことを可能とした本技術により、光センサーの近赤外光受光感度や太陽電池などの人工光合成における太陽光利用効率の飛躍的な向上が期待されます。

    用語解説

    注1)アップコンバージョン
    アップコンバージョンとは、2つ以上の光子が連続して吸収されることで励起波長よりも短波長の光が放出される現象であり、近赤外光などの低いエネルギーの光を可視光や紫外光といった高いエネルギーに変換することができる。代表的な機構として、有機系材料の二光子吸収や三重項―三重項消滅、希土類イオンを含むナノ粒子の多段階励起などが挙げられ、古くから研究が行われている。

    注2)ハロゲン化鉛ペロブスカイト
    ハロゲン化鉛ペロブスカイトは、Siに変わる次世代太陽電池材料として期待されている半導体材料の1つ。20パーセントを超える高いエネルギー変換効率を示すものの、そのバンドギャップから吸収できるのは800ナノメートル以下の限られた領域の光(可視光)のみである。ペロブスカイト膜は、塗布(スピンコート)技術で容易に作製できるため、既存の無機半導体材料よりも低コスト・省エネルギーでの製造プロセスが可能となる。

    注3)二光子吸収
    物質が2個の光子を同時に吸収することによって、励起状態へ遷移する現象。その遷移確率は励起光強度の二乗に比例し、非常に確率の低い現象であるため、レーザー光を集光させるなどの方法が必要である。

    注4)三重項―三重項消滅
    三重項状態にある2つの分子が接近すると、一方が励起一重項状態、もう一方が基底状態となる現象。このとき生じた励起一重項状態からアップコンバージョン発光が観測される系が数多く報告されており、近年高い注目を集めている。

    注5)エルビウム、Er
    希土類元素の1つ。緑色~赤色領域にエネルギー準位を持ち、化合物によっては近赤外光励起によりアップコンバージョン発光を示す。

    注6)外部量子効率
    素子から取り出されたキャリア数を照射された光子数で割った値として定義。

    論文タイトル

    “Up-converting Near-infrared Light Detection in Lead Halide Perovskite with Core-shell Lanthanide Nanoparticles”

    (コアシェル型希土類ナノ粒子を用いたアップコンバージョンによる鉛ハライドペロブスカイトの近赤外光検出) DOI:10.1002/adpr.202200222

    科学技術振興機構(JST)



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